成功の形

私は学生時代陸上部に所属していました。タイムを縮め、大きな大会に出ることを目標に日々練習に明け暮れていました。順調な時もありましたが、怪我をしたり、選手に選ばれなかったり悔しい思いもたくさんしました。そして最終的に大した結果を出せな かった自分をダメな人間だと思い、努力しても無駄だと挫折感を味わっていました。
スポーツに限らず勉強でも仕事でも、よい成績を収めレベルを上げている人は輝いて見えます。誰もがそんな風になりたいと憧れています。
私ももちろんそう思っています。しかし今は成功の形はそれだけではないと思うようになりました。

 

 

 

 

体を動かすことが好きな私は今でも走っていますが、目指しているのは結果ではなく気持ちよく走ることです。タイムや順位は気持ちよく走ったことの結果であって目標ではなくなったのです。
しかしすぐにそう思えたわけではありませんでした。早く走れなかったり、タイムを縮められない自分をダメなやつだと感じていました。様々な出会いやきっかけがあって徐々に変わっていったのですが、数年前ホノルルマラソンに出場した時の経験はとても大きなものでした。

初めてのフルマラソン出場の前夜、早めにベッドに入ると学生時代の辛かったシーンがよみがえってきました。故障をしてまともに走れないのに記録会に出場し、惨憺たる結果となった私を同期が慰めてくれているシーンです。惨めな自分や、それをさらけ出さなければならない恐怖、同期の優しさを感じながらも更に惨めさを感じずにはいられないシーンでした。私はよみがえった感情に寄り添い、悲しみや恐怖を感じながら涙を流していました。記憶の中の自分と共に涙していました。何もできずただ共に泣くことしかできないことがふがいなくて過去の自分に謝ったりしていました。
そうやっているうちに気持ちがふっと違うところに行った感覚がありました。すると先ほどのシーンがまた現れました。しかし出来事は同じですが内容は全く変わっていたのです。同期は走り終わった私を慰めているのではなく讃えていました。故障をしても諦めずチャレンジしている私に尊敬の眼差しを注いでいたのです。
成功や目標はタイムを縮め順位を上げることだけではない、そう確信することができた体験でした。

こうして気持ちよく走ることを目標に、フォームを改善し体を整え、体が気持ちいいペースを保って走るようになりました。

3月3日のひな祭りの日、15年ぶりに三浦マラソンに出場しました。冷たい雨が降りしきる悪天候の中のレースでしたが、身体全体がつながって動き、呼吸も楽で、「もっと走っていたい」と思えるくらいに気持ちよく走れました。


 

 

成功の形が一つしかないと思ったり、世の中の価値観に当てはまらずに苦しむことはよくあることです。しかし成功の形は一つではありません。私が自分の成功の形を見つけたようにそれぞれの人の成功の形を見つけてほしいと思っています。
比べる相手は他人ではなく昨日の自分なのですから。

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